歴史を振り返ると何人かの魔術師を目にするが、その中でもっとも不気味かつ悪名高い魔術師がアレイスタークロウリーと言えよう。
アレイスタークロウリーについたあだ名は数知れないが、「世界最悪の変人」「堕落の魔王」「食人鬼」として有名だ。
今回は過激な活動でマスコミから非難にさらされた魔術師・アレイスタークロウリーについてまとめた。
アレイスタークロウリーの生い立ち
image: さてはてメモ帳
全世界の魔術師を自称した者で、アレイスタークロウリーほど悪名高い人物はいない。
アレイスタークロウリーはイングランドのウォリックシャー州で生まれた。両親はエクスクルーシブ・ブレザレンス(カルヴァン主義の一派)だったことから、彼は同派の寄宿学校に入学させられる。
しかし、厳格すぎるキリスト教教育が彼のなかに“嫌悪”を生み出す原因に。後に彼はオカルティズムへ傾倒することとなる。
厳しかった父親が他界すると、莫大な遺産を相続。これによりアレイスタークロウリーは奔放な活動に邁進するようになった。その後、ケンブリッジ大学に進学すると魔術師結社「黄金の夜明け団」に入団。
「黄金の夜明け団」に入団した頃のクロウリー
image: さてはてメモ帳
魔術研究の世界にのめり込むと、指導者的立場にあったマグレガー・メイザースから学ぶ教義を通して神秘世界に開眼した。
しかし、団内の派閥争いに巻き込まれそれに失望。
アレイスタークロウリーは脱退後、世界各国を転々とし、東洋の神秘思想を学び独自の魔術研究を深めていった。
魔術師アイレスタークロウリーが非難された背景
image: さてはてメモ帳
その後、アレイスタークロウリーはその特異な魔術的体系を著書「法の書」で公表する。
同所によって魔術師として名が知られるようになった彼は、自らの研究を進化させるべく1920年にシチリアで「テレマ僧院」を設立。
しかし、ここで麻薬や性魔術を応用した悪魔的な儀式を繰り返し、厳しいバッシングにあう。おまけにある信者がネコの血を飲んで感染死したことから、国外退去を命じられたのだった。
これらスキャンダルは瞬く間にイングランドに伝わり、彼は母国に立ち入ることも許されなくなる。
ここからの彼の人生は流転そのもので、72歳にその生涯を終えた。
悪名高くも世に名を刻んだ妖術師
image: mail online
アレイスタークロウリーは「魔術師エリファス・レヴィの生まれ変わり」と自称していたが、その実績は遠く及ばなかった。
とはいえ、悪名高い人物だったとしても彼の名は広く世間に知れ渡っている。
もちろん、彼に本物の魔力があったのかはわからない。
しかし、現状でもこうして彼の名は歴史と記憶に刻まれているのだ。


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